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大雨の名古屋市
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写真は過日の名古屋市内。
ドンガラザーザー、急な集中豪雨で、あっというまに冠水した路面。

「全域避難準備情報」がスマホに来た
路面がこんな状態と知ったのは、緊急速報がスマホに来て、窓の外を見た時。
速報には避難準備とあるものの、外を見ればこんな状態で、どうしたものやら。
水はひざ下でも、足元を掬われて溺れることはあるそうですし、室内待機に徹しましたが。
名古屋市民の多くが同様だったと、後日の話題に。

大雨の名古屋市「全域避難準備情報」実効性なし!227万人もどこへ逃げるの?
J-CASTテレビウォッチ 2013/9/ 5 10:20

大雨に襲われた名古屋の代表的繁華街である中区栄は、叩きつけるような雨で道路はたちまち冠水し、膝まで浸かりながら帰宅を急ぐ人たちでごった返した。名古屋市は市全域に「避難準備情報」を出したが、何をすればいいのか分からず、何もしなかった市民が多かったという。
「市外へ出ろということか」「何を準備するの?」
名古屋市の「避難準備情報」について、司会の羽鳥慎一は「全域に出されても、どこへ行けばいいのか。名古屋市の外へ出ればいいのか、市民には戸惑いがあったと思う」という。タレントの高木美保は「ただ抽象的に避難準備といわれても…。日頃から具体的にどこへ避難するか、誰と一緒に避難するか決めておくことが必要ですね」という。
避難準備情報は避難勧告を発令する前の段階で、避難の準備や心構えなどをしてくださいというものだ。しかし、防災・危機管理アドバイザーの山村武彦氏は「名古屋市民227万人に避難準備情報を出されても、どう行動していいのか分からない。かえって危機感が薄れてしまった」と批判的に捉えている。
避難準備の意味がわからない
名古屋市民227万人の「多く」が、実数いくつかは不明ですが。
私のほかにも、戸惑った末に何もしなかった人はいた様子。
それには多少なりとも、先月の地震誤報が影響した気がしないでも。



スマホに速報は、この時も送られましたが。
地震の場合、体感してからでは遅いので、身の安全確保に努めたものの。
豪雨によれば、土石流や土砂崩れのおそれがない場所だと、避難準備の意味がとっさにわからない。
速報は最初が「避難準備」、次に「崖のある地区」と来たので。
続報を待ちつつ様子見、すなわち何もしなかった次第でした。

情報の内容精査とバグの改修を早急に
速報はその後、冠水がひいた後に「null(改行)null」と来て。
じきに、「さっきの速報は間違い。避難解除しました」と来たのが最後になりました。
名古屋市が豪雨でヌルヌルに 緊急エリアメールに困惑する人続出
ねとらぼ 2013年09月05日16時06分


豪雨による浸水などの被害に見舞われた名古屋市。9月4日の夜、緊急速報として出されたエリアメールは「null null」とだけ書かれた不思議なものでした。名古屋市がヌルヌル……どういうことなの。
【謎のエリアメールに戸惑うツイート】
「null(ヌル、ナル)」とは、「何も示さないもの」という意味のプログラミング言語のデータ表現。本来は避難勧告の解除などを知らせる文章が送られるはずでしたが、なんらかのミスにより誤表示でヌルヌルになってしまったようです。
「変なエリアメールがきた!」と驚く人が続出する一方、プログラムなどの知識を持つ人たちは「空文字自重ww」などのツッコミも。約20分後に訂正されたエリアメールが再配信されました。

「null」は無効データとして、チェック処理を入れるのが、システム開発では一般的。
「なんらかのミス」というより、チェック処理を入れてない、つまりバグでは。
速報は限られた文字数で、とるべき行動を具体的に知らせることに意義があるので。
情報の内容精査ともども、改修を早急にお願いしたいところです。

名古屋市の避難所は足りているのか?
ところで名古屋市での避難について。
居住区の広報でしたか、「当区は避難所不足のため、住居が損壊してもなんとか住めるようなら、がんばってそこで生活してください」というのを見た覚えがあります。
したがって、今回の速報を見た時には、避難所が足りているのかと不思議に思いました。

実際、避難所の過不足はどうなのか検索すると。
名古屋市は、想定避難者数を約17万人として耐震化率99%、収容能力は満たしているとのこと。
「ただし被害想定見直し中」と併記されているので、そのあたりが前述の記憶「不足のため云々」区報にかかるのかもしれません。
名古屋の人口は市政情報によると、平成25年8月時点で初の227万人超。
想定17万人だと、1割にも満たないですし。
避難所:耐震化遅れ、収容人数不足も…大都市調査
毎日新聞 2013年09月01日 09時12分(最終更新 09月01日 09時47分)

全国20政令市と東京都の大規模震災に備えた避難所を巡り、耐震化を全て完了したのは4分の1以下の5市にとどまる一方、8市は2割以上の避難所が未了だったり、耐震化が確認できていなかったりすることが毎日新聞の調査で分かった。避難所が不足していると答えたのは3市だったが、耐震性に欠ける避難所が被害を受ければ、大都市の避難所不足は更に拡大する恐れがある。安全な避難所の確保を急ぐ必要性が浮かんだ。

1923年9月1日、東京、横浜など大都市を襲った関東大震災では、安全な避難先にたどり着けず多くの人命が失われた。調査は8月、大震災にちなんだ「防災の日」を前に、20市と都に耐震化を終えた避難所の数や収容力、想定する最大規模の地震と避難者数などをアンケートした。


耐震化未了・未確認の避難所が2割以上あったのは札幌▽千葉▽横浜▽堺▽神戸▽岡山▽広島▽熊本の8市。岡山と広島は5割を超え、熊本、千葉、横浜、堺も4割弱〜5割弱に上った。


一方、想定する最大規模の地震時に避難所件の収容能力が不足すると回答したのは横浜、静岡、京都の3市。横浜は元禄型関東地震(最大震度7)で想定する避難者数に対し、避難所の収容人数は約12万人分不足している上、耐震化も遅れている。静岡、京都は最大震度7の地震で収容能力が約14万〜16万人分不足する。


避難所の収容能力は十分とした自治体も、東日本大震災後、巨大地震による被害想定を見直している所が多く、新たに避難者数を想定中の市も目立つ。耐震化の遅れに加え、想定避難者数が増えれば、現状の避難所では収容できない避難者がさらに増えると見込まれる。これに対し自治体側は、公共施設の避難スペースの限界や耐震化などに伴う財政的な問題を訴えている。


避難所は自治体が地域防災計画で指定。公共施設のほか、民間施設も対象となる。【宇多川はるか】

室崎益輝・神戸大名誉教授(防災計画学)の話
避難所の耐震化が進まない一因は自治体の財源不足だろうが、住民の命に関わる。巨大地震対策は待ったなしで取り組むべきだ。国も財政援助の仕組みをつくる必要がある。被害想定見直しでより多くの避難所確保が求められ、住民の自助を求める論調が出ているが、行政の責任をあいまいにして押しつけるのは間違いだ。

避難所を平時に確認しておく
数の多少はさておき。
日頃に勤務先や通学先、居住地の避難所を確認しておくと、有事の備えになります。
避難所の情報は、東日本大地震から特に、全国各自治体が力を入れている様子。
ウェブページでの閲覧、マップのダウンロードなどがしやすくなりました。

名古屋市を例にすると。
「名古屋市 避難所」で検索すれば、名古屋市サイト内の下記ページに行き着きます。
名古屋市あなたの街の避難所マップ(暮らしの情報)
あるいは、「国土交通省 ハザードマップポータルサイト」を利用する方法も。
名古屋市の場合、行き着いた先は前述の市サイトページでした。

留意点として、避難所には種類があります。
公園のような広域避難所の場合、地震から一時的に避難するには向いてますが。
災害被害の程度によっては、公民館など寝食できる避難所へ移動したり。
浸水の場合は、浸水深によっては使用できない避難所も。
避難所の確認は、災害の種類や程度ごとにする必要があります。

「全域避難準備情報」が送られたワケ
今回、「全域避難準備情報」がスマホに度々来て。
全域とはどういうワケによるのか、調べたところ。
「一般社団法人 全国上下水道コンサルタント協会」冊子中の事例報告、「「雨に強いまち名古屋」を目指す本市の取り組み」に、それらしい内容を見つけましたので、以下にまとめると・・・。

昭和54年の計画に基づき、1時間50ミリの降雨に対応する整備を進めてきた。

平成12年の東海豪雨では、1時間に97ミリの降雨が。そのため、被害の大きかった地域や都市部を対象として、1時間60ミリの降雨に対応する整備を進めてきた。

平成20年8月末の豪雨では、1時間に100ミリの降雨が。そのため、東海豪雨での計画を見直し、対象に二次を加えて、1時間60ミリの降雨に対応する整備を進めてきた。

平成24年8月の南区豪雨では、浸水の発生世帯を減少でき、整備の効果が見られた。しかし、整備には多大な費用と期間が必要なので、対応には限界がある。

浸水被害を軽減するには、市民の「自助」・「共助」を支援し、総合的な取り組みも重要。

防災情報の提供を実施。
“いざ”という時の行動や雨水流出抑制の推進について、普段から考えていただけるよう努める。
対応してるし効果も出てる、でも限界があるので啓蒙活動にも努めてます、と。
限界については、事業仕分けの悪影響を指摘する声はありますが、ここではさておき。
「緊急避難準備情報」が全域に送られたのは、この方針によるのでは。
そして、「普段から考えていただけるよう」との目的は果たせたのではと思います。

以上、名古屋市の水害についてまとめました。

まとめた感想。
スマホの電池が足りなく充電できない場合、単なる情報を度々送られると、肝心な時に困りそうですが。
設備対応で足りないところを人的対応で補う、という発想は良いと思います。

行政の広報活動といえば。
広報紙が家に届けられるのは、名古屋に来てはじめての経験。
東京、横浜に住んだ間は、日頃の情報入手に手間がかかりましたので。
暮らしやすさでいっても、名古屋はとても良いところだと思います。

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ブラック企業について、よく見聞きする昨今。
当事者にとっては、事象について知ることより、問題解決が急務なので。
勤める上で困ったことがあって、どう解決すればいいのかわからない。
そういう場合はどこに相談すればよいのか、まとめてみました。

相談するなら、総合労働相談コーナー
総合労働相談コーナーとは、厚生労働省の相談窓口のこと。
労働問題に関するあらゆる分野について、電話なり面談なりで、専門員に無料で相談できます。
窓口は各都道府県に複数あり、厚生労働省のWebページで確認できます。
総合労働相談コーナーのご案内|厚生労働省

なぜ総合労働相談コーナーか
ワンストップ対応なので、問題が複数にわたっていても、総じて対応してくれます。
全国規模での事例データがあるため、様々な相談に幅広く対応します。
営利目的の機関でないため、少額請求などの理由により、対応を打ち切られることはありません。
相談者の希望に応じて、裁判所、地方公共団体など他の紛争解決機関の情報提供もしてくれます。

相談するメリット
ブラック企業の話題でよく使われる、グレーゾーンについて。
法律に照らし合わせて問題を検証する上では、グレーゾーンというものは存在しません。
専門家に相談するメリットは、明確に問題を検証して、解決策を見つけることにあります。

問題とは、解雇、雇止め、配置転換、賃金の引下げ、募集・採用、いじめ、嫌がらせなど。
会社や個人の都合によるとされた場合、なにが問題か、当事者には判断し難い場合があります。
相談することにより、判断するための情報を入手して、早期の解決を図ることができます。

相談する前に
困った内容を書き出しておくと、自分でも把握できるので、相談員に説明しやすくなります。
書き出す内容は、事柄とその発生日時、関係者など。
面談に行く場合は、その書き出した紙のほか、雇用契約書やタイムカードなども持参。
タイムカードは、勤務先で強要されて改ざんした場合、自分でメモしたものを用意します。

書き出すにあたり、項目立てるのが難しい場合は、ブラック企業診断を利用するとよいかも。
契約内容が違う、残業代を払わないなど、チェック項目がリスト化されてるので、それを利用。
診断を利用すると、勤め先への不合理な思いが実際どうなのか、簡易的に把握することもできます。
また、サイト内には残業代を算出できるページがあるので、場合によってはそれも利用します。
ブラック企業診断-ブラック企業.JP-

相談の例を知るには
各相談窓口には、パンフレット「職場のトラブル解決サポートします」というのが置いてあります。
入手するには面談に訪ねるほか、ウェブ上で厚生労働省のサイトからPDF版をダウンロード。
「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」|厚生労働省

複数のうちどこへ相談するか
ただちに勤務先へ指導や助言をしてもらうには、勤務先の所在地を管轄する労働基準監督署がベスト。
管轄がわからない場合、女性相談員に対応してほしい場合は、各都道府県の労働局企画室へ相談。
相談について詳細を知りたい場合も、各都道府県の労働局企画室へ。

以上、労働問題の相談について、まとめました。

まとめた感想。
雇われる側が行動しないと、問題を解決できない現状。
心身が弱りきっている場合、それはとても困難なことなので。
雇われる側だけに対処を求めては、問題の件数が一向に減らないのではと思います。

かといって、ブラック企業と括ることで、事業主に行動を求めるのは現実的でないと思います。
括られて自覚を持てるくらいなら、最初から括られるようなことはしてないでしょうし。
括ること自体が、人でいうところの「ゆとり世代」のように、免罪符として使われてる気がします。

ここで、総合労働相談センターは、事業主からの相談も受け付けていることに注目。
厚生労働省は、企業に対しても相談の推奨をアピールすればよいのでは。
そう思ったものの、事業主からの相談件数も、それなりにある様子。

まだまだ、相談の推奨が及ばないものとして。
問題件数の減少には、意識向上がもっとも有効と信じたいです。

※2016年8月、関連リンクに「音頭と平和(2)」を追加。
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先日、飲食店で新聞を読んだとき、コラムに目がとまりました。
情報統制に関するその冒頭には、かつて広島であったとされる音頭について記述があり。
音頭の内容は、原爆が平和をもたらしたことを讃えるものとして、解釈できるものでした。
被爆地でそんな音頭があったとは、事実なのだろうか。
気になって調べてみて、いろいろわかったことがあるので、ここにまとめます。

はじめに、目にとまった記事。

中日新聞中日春秋コラム(CHUNICHI Web)
2013年8月6日

 ピカッと光った原子のたまにヨイヤサー、飛んで上って平和の鳩よ…。一九四七年八月六日、つまり人類初の原子爆弾投下から丸二年たった日、広島市中心部では「平和音頭」にあわせて人々が通りを練り歩いたそうだ

▼戦争体験がどう語られてきたかを検証した『焦土の記憶』(福間良明著、新曜社)によると、四六年八月六日の地元紙一面には「けふぞ巡り来ぬ平和の閃光(せんこう)」「広島市の爆撃こそ原子時代の誕生日」との見出しが掲げられた

▼八月六日がまるで「祝祭」のような色を帯びていた背景には、連合国軍総司令部(GHQ)の情報統制がある。人々と街を焼き尽くした原爆は、戦争を早期終結させた「平和の閃光」とされたのだ

▼広島に原爆が投下された三日後に現地入りした弊社の先輩記者に、話を聞いたことがある。原爆ドームの写真は一応撮ったが、目に入る被爆者にはレンズを向けもしなかったという

▼「どうせ検閲で載せられない。そんなものを撮るため貴重なフィルムを無駄には使えない」。戦時中の情報統制下にあった記者には、そういう自己規制の心理が働いていたのだ

▼権力者が情報を統制し、報道に関わる者が力に巻き取られれば、どんな大惨劇でも真相は隠されて、あたかもそれが「祝うべきこと」のようにすら伝えられる。八月六日は、そんなことを、改めて考えさせる日でもある。

この記事に行き着くまで、ちょっと苦労しました。
うろ覚えのキーワード「中日新聞 ぴかっと光る」などで検索しても、なかなか行き着かず。
思考錯誤でキーワードを絞り込み、「平和音頭 原子のたま」で、ようやくヒット。
同じ内容のコラムは東京新聞(※)に載ったらしく、ツイッターや掲示板などでは、そちらのほうが話題になったようでした。
※東京新聞は中日新聞の東京支社。同じ内容が載って不思議はないのでした。

次に、「平和音頭」の歌詞について検索したところ、似たフレーズの「平和おどり」がヒット。
昭和22年頃、新憲法を祝う歌や踊りがつくられ、円山音楽堂などに人々が集まって歌い踊った。その歌の歌詞...  レファレンス協同データベース

このページによると、該当するのは「憲法音頭」であり、「平和おどり」は別物だそう。
昭和22年頃とは、コラムにある「「平和音頭」にあわせて人々が通りを練り歩いた」と同じ時代です。
共通点が見られるかもしれないと思い、「憲法音頭」について検索、動画と歌詞を見つけました。
憲法音頭 - Miracle Earth

歌詞は以下、記録として記載。

憲法音頭
憲法普及会制定/サトウハチロー 作詞/中山晋平 作曲/藤間流家元、藤間勘十郎、花柳流
 

一、おどりおどろか チョンホイナ あの子にこの子 月もまんまる 笑い顔 いきな姿や 自慢の手ぶり 誰にえんりょが いるものか ソレ チョンホイナ ハ チョンホイナ うれしじゃないか ないか チョンホイナ
二、古いすげ笠 チョンホイナ さらりとすてて 平和日本の 花の笠 とんできたきた うぐいすひばり 鳴けば希望の 虹がでる ソレ チョンホイナ ハ チョンホイナ うれしじゃないか ないか チョンホイナ
三、青葉若葉に チョンホイナ 都に村に 小風そよ風 この胸に 好いた同志が ささやく若さ 広い自由の 晴れた空 ソレ チョンホイナ ハ チョンホイナ うれしじゃないか ないか チョンホイナ
四、そんじょそこらに チョンホイナ ちょっとないものは 春の桜に 秋の菊 雪の富士山 海辺の松に 光かがやく 新日本 ソレ チョンホイナ ハ チョンホイナ うれしじゃないか ないか チョンホイナ

幸せな情景を描いたこの内容に対して、タイトルはイデオロギー性が強い「憲法音頭」。
近年、作詞者・中山晋平の郷里における普及活動は、前述の動画で見られますが、目下ウェブで探したところ盛んでない様子。
平和賛歌としてとても良い音頭なのに、なぜいまだ知名度が低いのか?

ここで、音頭の誕生と消滅について検索、下記のページに行き着きました。
「憲法音頭」の誕生と消滅

筆者の和田登さんによると、普及会の構成は「マッカーサーを頭にした占領軍の後ろ盾によってできた政府色の濃い顔ぶれ」であり、「米国にとって、憲法9条が足を引っ張る存在になってきたのである。それを受けてか、普及会そのものも、1年間で解散する運命に」。

知名度が低いままの背景には、そもそもの成り立ちにあるのでしょうか。
ここで、「平和おどり」について詳しく見ることに。
前述の検索ヒットページによれば、誕生は京都新聞社の懸賞募集によるとか。
歌詞については、普及する市民活動のページに見つけました。
平和おどり普及会 京都で復活戦後の混乱期に庶民が踊った平和を願う「平和おどり」

以下、記録として記載。
平和おどり
作詞 桂二郎/作曲 江口夜詩/振附 棋茂都陸平

ハアー
空にゃ白鳩(しろばと) 街には笑顔 民主日本はどこから明ける 平和おどりの手ぶりから 手ぶりから ハ 踊った 踊った ヨイショコショ シャンシャン シャラリコ シャンと踊れ
ハアー
あの娘よい娘だ 新憲法の 祝いかんざし島田にさして 平等おどりの先に立つ 先に立つ ハ 踊った 踊った ヨイショコショ シャンシャン シャラリコ シャンと踊れ
ハアー
一人ひとりが 新生日本 担う民主の燃え立つ行で 晴の首途(かどで)をひとおどり ハ 踊った 踊った ヨイショコショ シャンシャン シャラリコ シャンと踊れ
ハアー
みんな笑顔で仲よく暮らし この世天国 世界は同胞(きょうだい) そろう音頭のうららかさ たのもしさ ハ 踊った 踊った ヨイショコショ シャンシャン シャラリコ シャンと踊れ
ハアー
平和音頭(おどり)にゃ囃子(ぞうし)はいらぬ 匂う木の香が 揚がる木遣が めでためでたと音頭とる 音頭とる ハ 踊った 踊った ヨイショコショ シャンシャン シャラリコ シャンと踊れ
「平和おどり」について検索すると、近年の普及活動も盛んな様子。
成り立ちがいわゆる官民で異なるとはいえ、なぜイデオロギー色が濃厚な「平和おどり」が支持されるのか?

ここで、調べはじめたきっかけの「平和音頭」について、あらためて検索。
原爆文学研究会のページに行き着き、「平和音頭」に関する当時の様子といきさつを知ることができました。

PDF:特集〈広島/ヒロシマ〉をめぐる文化運動再考<<コメント>>〈広島/ヒロシマ〉と音楽 小田智敏

(略)文化運動のなかで音楽がもちうる可能性、とくに危険性を考察する(略)

広島市の実際のありようと原爆体験との乖離分裂は、実は今に始まったことではありません。早くも、一九四七年八月六日に開催された第一回平和祭では、市内を花電車が走り、「ピカっとひかった原子の玉にヨイヤサーとんであがった平和のハトよ」という歌詞の音頭が歌い踊られ、人々の怒りを買っています(7)。この平和祭は、市と商工会議所で結成された協会の主催で、その開催意図は「八月六日を単に悲惨なる思い出の日とすることなく、この日こそ世界平和が蘇ったということを永久にメモライズする」と語られています(8)。米軍占領下とはいえ、「この日こそ世界平和が蘇った」とするのは原爆被害者の実感とは著しく乖離していたことでしょう。

一九四七年の音頭も二〇〇九年の音頭も、ともに死者や原爆被害者を置き去りにして、より上位のマジョリティーに取り入ろうとする姿勢を示しています。その姿勢がマイノリティーの耳を打つとき、音楽は暴力として作用すると考えられます。私たちが音楽を媒体とする文化運動を見るとき、またその今後のあり方を構想するとき、音楽がこのような暴力として働く危険性を忘れてはなりません。(略)

7 中沢啓治『はだしのゲン』には、この音頭を歌い踊る仮装行列に対して殴りかかる労働者たちの姿が描かれています(中公文庫コミック版第3巻、一九九八年、二六六頁以下)。研究会当日は、この音頭を「広島復興音頭」と紹介しましたが、「広島復興音頭」には一九四六年制作と一九四九年制作との二通りの資料があるため、ここでは題名未詳としておきます。

8 中国新聞社『年表ヒロシマ~核時代50年の記録~』、一九九五年、四三頁。

論中「二〇〇九年の音頭」とは、「オバマジョリティー音頭」のこと。
成り立ちと歌詞については、論中で言及されているので、ここでは動画を紹介。

当時のニュースも見つけました。

中國新聞 原爆・平和特集>2009ヒロシマ 関連ニュース
音頭で「Yes we can」 オバマジョリティー機運盛り上げ '09/8/11

▽広島県郷土民謡・踊協会が披露

広島県郷土民謡・踊協会(宍戸俊三理事長)が「オバマジョリティー音頭」を考案し、10日、広島市役所で披露した。核兵器廃絶を目指す市が提唱している「オバマジョリティー・キャンペーン」のPRに役立てる。

「核なき 平和をネ 全力つくして 世界のために」「Yes we can」―。恒久平和を願う歌詞を約5分間の明るい曲に乗せる。この日は協会のメンバーが輪になり、手招きしたり、力強く拳で胸を打ったりする振り付けで踊った。

市のキャンペーンに賛同し、6月初旬から約2カ月で完成させた。宍戸理事長は「学校や地域の行事で活用してもらいたい。オバマ米大統領にも見てほしい」と意気込む。CD発売も検討する。

秋葉忠利市長も試作の曲を聴き、気に入っていたという。市文化スポーツ部は「積極的に活用し、市民がキャンペーンに加わるきっかけにしたい」と歓迎している。(赤江裕紀)

ここで、冒頭の目にとまった記事を再読。
かつて被爆地で、原爆を用いた平和賛歌が踊られたことは事実のようです。
ただ、実態は記事から受ける印象とは、まったく異なります。

実態は情報を発信する側が主、受ける側が従という視点から、まったく外れていた。
言論統制や情報操作により、全ての人がただ受け入れたわけでは、まったくなかった。
情報の危険性は、かつてもいまも、実態に乖離してマジョリティーに取り入ろうとする姿勢にある。

下記、前述の論から引用。
まだ実現していないものを求める祈りが歌われることによって、それが実現したという錯覚を与えるのではないか、すなわち、音楽が今ある世界の矛盾を隠蔽するイデオロギーとなるのではないか、という危惧
「音楽」を「情報」に置き換えれば。
発信する側・される側に関わらず、今生きる人は、この危惧を持ち続けなくてはいけません。
平和を実現するために。

平和の実現は、人にとって永続的な権利と義務。
錯覚を退け、矛盾と向き合うことが、平和の実現につながると思います。

【関連リンク】
音頭と平和(2)
京都太秦美空ひばり座を見て、思ったこと。

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